ひとりごと
たとえば昭和生まれのひとが、
「まったく、今の子たちは恵まれすぎてるわ、もっと苦労を知らないと、ろくな大人にならない」とか言うけど、
その理屈でいくなら
あなたたち昭和生まれの子は大正時代や明治時代生まれの子たちより恵まれてるし、明治時代の子たちは江戸時代よりは恵まれているでしょって話だし
人類の科学技術の進歩のおかげで時代が進むほど便利になって物質的には恵まれてるわけだから、単純な話だよね。
こう言う大人が自分の子供や孫に
「あんたは私らの時よりも恵まれてて甘やかされているんだからもっと苦労しなさい」とかなんとか言って無駄な苦労をさせ、子どもの未来の可能性を台無しにしてしまうんでしょうね。。
日本人のあいだでは いまだに
苦労することが美徳である、という古い固定観念が根強いんだなあ……と、こう言う人たちを目の当たりにすると つくづくあきれるし、
言葉悪いのでなるべく使いたくはないですが、老害という二文字が浮かんでしまう。
苦労はそんなに美徳なの?
恵まれていることは悪いことなの?
もちろん、嫌々その環境におかれているんじゃなくて自分の意思で、何か実現させたい夢があってそれのために多少の苦労もともなう努力をしたいというのなら話は違いますが、
たとえば、たまたま貧しい家庭に生まれて、
日々の衣食住もままならないくらい貧しくて、だから勉強もできないし趣味や特技を見つけるなんてもってのほか、学校に行って教育を受けるお金もない、とか
そんな苦労って、「自己鍛錬のために引き受けるべき苦労」なんですかね??そんなもの良い経験になりますかね?
する必要のない苦労まで背負いすぎると強くて忍耐強い人間になるどころか、歪みますよ、人間。
しなくて済むならそのほうが幸せな苦労だってありますから。
教育の無償化や貧困家庭への奨学金制度の充実なんかに反対している大人の中には
自分が経験してきた苦労が無駄なものだったと認めたくないからそれを正当化するために
子供たちにも同じ苦労を味合わせようとしている人たちがいるようにも見えますが
もしそんな感情的な理由で若者のの未来を邪魔するなら間違ってるなぁとわたしは思います。