たぶん、涙に変わるのが遅すぎたのね。

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想像力って大切だね。

自分の家庭環境とか

育てられてきた境遇、とか完全に無視して

自分の頑張りや努力や能力‘だけ’でここまで来たんだ成功したんだと本気で思い込んでる人って、

そうでない人や困窮しているひとのことを

単に本人の努力不足や怠惰が原因だとみなして軽蔑したり過剰な自己責任論を主張するから怖いなと思うのです。

 

 

 

 

想像力の欠如ってのは

恐ろしいなあと、痛感する。

とりわけ、他者の境遇に対する想像力の欠如は。

 

これをされたら相手はどんな気持ちになるだろうか、嫌じゃないだろうか?とか、

そういった精神的なことに対する想像力は、

いわゆる「思いやり」として、

思いやりは大切なんだよーと、幼少期からよく大人たちから言われていることなので、比較的容易に思われる。(実際に思いやりを持てているか持てていないかは別としても、そういった思いやりが大切であることは、だいたい皆わかってる。)

 

 

ただ、他者の“境遇”に対する想像力、

となると、そうでもないようで。

なかなか意識してその想像力を持ちながら他者を見ている人は、多くないように思う。

 

こういう私も、日頃から気をつけているつもりではいるけれど、無意識のうちに、

外側からは見えない背景事情や境遇に思いを馳せず、自分の目に見えている部分、知っている部分だけで相手を判断してしまっていることが

あったかもしれない…。

 

 

私が怖いと思うのは、

 

 

自分の家庭環境とか、今まで育てられてきた境遇とかを

完全に無視して

 

自分の頑張りや努力や能力‘だけ’で

ここまで来たんだ!成功したんだ!!!と

本気で思い込んでる人たち。

 

 

そういう人たちは、

 

幸運であることに慣れすぎていて、

たまたま幸運じゃない人たちのことを

理解しようとしない。

 

いろんなことがうまくいかなくて困ったり、

立ちすくんでいたりする人たちを見ると、それは本人の努力が足りないだけだと考える。

不平を口にする人たちを見ると、努力もしない愚かな怠け者の戯言だと考える。

 

困窮しているひとを見ると、

単に本人の努力不足や怠惰が原因だとみなして、軽蔑して、

過剰な自己責任論を主張するようになる……

 

考えただけでも恐ろしいですが、

現実として、

こういったことがよく見られます。

 

 

みんながみんな、あなたと同じ境遇で生きてきたわけではないんですよと。

その人はその人で、背景にいろいろな事情があって、そうなっているんですよと。

 

そのことを常に、頭の片隅にでもいいから、

念頭において他者を見だけでも

優しい世界に なるんじゃないかなと

思います。